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TBS♪Tokyo Band Stalker

現実と妄想の区別があやふやと診断されましてね

トラストアラウンドフォーティー!

 じゃにおたさんの間で流行した「担当論」に乗じて、自己紹介も兼ねて自分が特に推してる人々について語る企画後編。

 前編ことJの事務所外の人々編は過去記事「トラストオーバーフォーティー!」をご覧下さい。

 

トラストオーバーフォーティー! - TBS*Tokyo Band Stalker

  今度はJの事務所内の人々が対象。よってこのブログ的にはこちらが本編ですかね。

 尚、記事名の元ネタはスキップカウズというバンドのアルバム「トラストオーバーサーティー」から頂きました*1ただ太一君はともかく村上さんはまだ三十代でしたので、前後編ではなくなりました。誰も読まない言い訳太郎。

 3/6追記:太一君語りが長くなったので更に分割しました。

 

 

    ごひいき4:国分太一(TOKIO)

 

 

 おそらくじゃにおたさんの一般的な感覚で言う所の「担当」はこの人です。
 
 きっかけは至ってシンプル。同じ誕生日であったから。
 
 学年誌の付録で「有名人バースデーブック」なる物が付いてきた事があり、私は当然自分含め家族の誕生日欄をチェックしました。
 
 自分の誕生日である9/2の部分には、合計四人の有名人の名前が書かれておりその内の一人が「国分太一(TOKIO)」でした。鉄腕DASHゴールデン帯での放送開始時から見ていた事もあり太一君の事は当時既にTOKIOという集団(まだバンドだと分かっていなかった時期で、よもやJの事務所所属の職業・アイドルである事は知らなかったので、TOKIO=DASH位の感覚でした)のメンバーであると認識しておりました。その頃はまだ五人の中で特別誰が好きという訳でもなく、メンバーの名前さえあやふやでした。
 
 しかし自分と太一君の誕生日が同じという共通点を見つけた瞬間私は決意します。
 
 
 
 「よし、これからはTOKIOの中では太一君を応援しよう」と。
 
 
 
 好き嫌い通り越して誕生日が同じというだけの理由で、自覚さえも無いままに私のタイタン*2人生が始まりました。
 
 と申しましても取り立てて音源を買う訳でも出演作を見るでもライブに行くでもなく、その後十三年、十四年にわたりお茶の間未満時代が続きます。その間は殆どスピッツブリーダー兼ポケモンフリークでした。ティポもしゃべれどもも気になるだけでスルーしたものの、ゴチの時のぐるナイとUSO!?ジャパンは結構見ていました。後者は彼が司会してた事すら忘れてましたがσ(^_^;
 
 あ、大宮エリーさんがゲストの回のR30だけ見た事あります!(SPITZ SONG MOVIE「海でのはなし。」公開時)
 
 
 
 年月は流れて二〇一一年。東日本大震災及び福島第一原子力発電所の事故により村の企画が継続不可能になりこの番組もどうなるのであろうと勝手に心配しながらDASHを見守っている内に、二〇一二年九月から新企画が始まりました。
 
 例の島開拓です。斜め上な方向で代替企画が始まり、初回放送を見終わった日の夜はハッスルし過ぎて夢に番組の内容が出てきました。思い返せばネットで「TOKIOすげー!」とネタにされ始めるのも、私がそれまで以上にどっぷりとときおじさんにはまるのもその頃からであったかも知れませぬ。
 その他にも紅白の「KIBOU」で歌詞間違いを目撃したり設定からして好みドストライクのドラマ「泣くな、はらちゃん」放送や太一君の「あさイチ」プレミアムトーク出演等、ファンになる下敷きが整ったある五月の事。
 
 三月で大学を卒業したもののすんなりと就職出来なかった私は山の様にたっかいプライドをずたずたにされながら、パソコン教室でExcelを習い始めたりジョブカフェ*3に通い始めます。
 大型連休が近い5/2も、私は鬱々としながら隣町にあるジョブカフェに通う為自転車を漕いでおりました。五月晴れの下り坂で、何となく口ずさんだのはTOKIOの「リリック」。長瀬P本人の作詞作曲編曲による、ときおじさんセルフプロデュース路線へ舵を切る事になった曲です。
 
    なんということでしょう。
 
 口ずさんでいる内に、いつの間にか泣いていました。
 
 そこは思いっきり屋外で、自分の声で歌ったやつなのに、純粋に曲と歌詞が良かったからとしか思えない現象でした。荒んだ心に曲の世界がすっと染み込んだのであろうと今では思います。
 
 「TOKIOって、こんなに人の心を動かす音楽を作れる様になっていたんだ……」
 
 身を以てその事実を知った涙の体験が、バンドTOKIOに強く興味を持ちファンになるきっかけとなったのでした。
 
 せとにゃん(わてくし長瀬さんにゃがせさん言ってる内にせとにゃん呼び始めてました。見た目ゴリラなのは気にしちゃいかんのです)が主演したドラマのせとにゃんが作った主題歌でもちろん歌っているのもせとにゃんなのに、そこでせとにゃんに流れる訳では無く結局一貫して太一君を好きなままであったのは今でも不思議です。
    よって私のときおじさん歴は十三年位お茶の間ライト太一君ファンもどきの潜伏期間を除くと、2013/05/02から始まっているのが明確です。「ホントんとこ」からシングルを買い出して去年はベストも雑誌も買いまくり念願の初ライブはツアーファイナルのぶどうぱん、いえ武道館で迎えられました。フォロワーさんありがとう!
 
    いっぷく!の次はビビッド?ビビット?が待っているので今年も島になかなか行けない程忙しそうな太一君ですが、今年もどこかの夏フェスに参戦して国分氏ねとかネットで騒ぐ不届き者を音楽でぶっ飛ばしてくれる良いなあと願いながら記事を締めたいと思います。
    
 結論:同じ誕生日という事実にはどんな名曲も勝てないのでありました。
 
 

    ごひいきさんは残り二人紹介が残っておりますが、長くなったので太一君語りをアラウンドフォーティー編として分割致します。

    トラスト○○=ごひいきシリーズはあと一回続く予定です。良かったらまた読んで下さい。

    まずは明日のイフオア昼公演!

 

*1:確かその言葉自体も「Don't trust over 30」が元ネタだった筈

*2:太一君ファンの事を私は勝手に「タイタン」と呼んでおります。「太一担」+「巨人(太一君本人の身長は165cm位だそうなので、本人はこびとである事との対比を表してみました。

*3:ハローワークの若者向けに特化した公的就職支援サービス